Written by ikemiya。

【空が灰色だから】オムニバス漫画の有名作『信じていた』を読んでみた

漫画

どうも、僕です。
読んだ書物の感想をダラダラ書いているので参考にしていただけると幸いです。

今回は、この前何となく読み返した『空が灰色だから』という漫画の感想を書きます。
この漫画はオムニバス漫画として有名で、少し前の作品ですがネットで調べれば様々な評判が出てきます。

その作品はどれもが個性的、唯一無二の漫画と言っても過言ではありません。
特に『信じていた』というタイトルの短編が有名で、この漫画をネットで検索したらかなりの確率でこの短編が出てきます。

そこで今回は、『空が灰色だから』と言う漫画がどれだけ異色な漫画なのか(良い意味で)ということと、『信じていた』という短編について感想を書いていこうと思います。

予測不能、カテゴライズ出来ない漫画

『空が灰色だから』はどのような漫画なのか

公式の言葉を借りるならこんな漫画

『空が灰色だから』は全五巻のオムニバス形式ショートショート漫画なので、どの話から読んでも問題なく存分に楽しめることが出来ます。(一部、共通している登場人物がいるが、ほぼ繋がりはなくちょっとした読者サービスのような内容なので問題なし)
どのような内容の漫画なのか言い表すのにとても適切な文言がありますのでちょっと引用します。

10代女子を中心に、人々の上手くいかない日常を描くオムニバス・ショート○○篇。
コメディか、ホラーか、背徳か、純真か。説明不能の゛心がざわつく゛思春期コミック
出典:『空が灰色だから』の巻末文より(〇〇は掲載数によって変わってくる)

これは全てのコミックスに書かれている紹介文なのですが、本当にこの漫画のことをよく表していると思います。『空が灰色だから』は読んでいてすごく心をざわつかせてくるのです。
この紹介文を考えた人は、本当に凄いなあと感心してしまいます。

王道も邪道もごちゃまぜにした混濁のオチ

世の中には様々な漫画が存在しています。
悪人が損をして正しい行いをしたものが最後に救われる勧善懲悪もの、年頃の男女がお互いに好意を抱き勇気を出して距離を縮めあう恋愛もの、人ならざる超常的な存在が出てきて不気味な雰囲気を醸し出すホラーもの。
そして。
非現実要素がなく我々の身の回りで起こっていてもおかしくない日常もの。

『空が灰色だから』はこれらの要素をごちゃごちゃに混ぜて物語を作っています。
正しい行いをしたものが理不尽な目に遭ったり、恋をしていただけなのに気がつけば危険な人物に認定されていたり、幽霊が出てきておどろおどろしくなるかと思ったら爽やかに終わったり、まったく予想がつきません。

ただ、こんなに様々なジャンルを網羅している『空が灰色だから』ですが、おそらく最も描かれた回数が多いのは日常ものではないかと思います。
そしてその不思議なことが起こらない日常ものこそが、『空が灰色だから』の真骨頂だと思います。

人の心理描写を容赦なく精確に突き付けてくる

『空が灰色だから』の心理描写は他に類を見ないほど緻密で精確に書かれています。その精確さはえげつなさを覚えるほどで、読んでいる人の心を容赦なく抉ってきます。
例えば、ちょっとした人間関係のすれ違いで葛藤している少女が登場するとします。その少女はさっきまでしていた会話の内容を反芻し、自分の失敗したと思う箇所を後悔しずっと引きずり、その後の人間関係に支障をきたすようになっています。その心理描写はとてもリアルで、数ページに渡り少女の葛藤は描き続けられます。

「どうして自分はあのときあんな発言を不用意にしてしまったのだろう。ちょっと考えれば相手を傷つけるって分かるのに。ああ、自分の馬鹿馬鹿、だからお前は友達が少ないんだ。相手を思いやる気持ちのない自分に一生の友達なんて出来るわけがない。このまま、死ぬまで孤独に過ごし独りで死んでいくんだ……」

という内容が克明に綴られていきます。

上記の葛藤は一例で他にも似たような葛藤がよく描かれているのですが、やるせなさや後味の悪さが強い回ほど描写にキレが増していきます。
Twitterでも似たような感想を抱いている人は一定数います。

言葉は色々あれど、『空が灰色だから』は毒をたくさん含んだ魅力的な作品であることは間違いないようですね。

短編『信じていた』について

胸くそ必死、『信じていた』のあらすじ

それではネットで反響の多かった『信じていた』あらすじについて話していきます。

この短編の主役格、女子高校生 若葉には馴染みで同じ高校に通う野球部のエース 涼がいた。涼は一年生ながらチームの柱として活躍して地区予選の決勝まで部員たちを引っ張て行く。しかし、決勝で涼は調子を崩してチームは敗北、それまでヒーロー扱いだった涼は一転して戦犯扱いされてしまった。
それ以降、涼は野球から遠ざかってしまい、彼の周りを囲う人々はいなくなった。涼の近くに最後まで残ったのは幼馴染の若葉、そして、表面上は涼をことを褒め称えるが裏ではまだ利用価値があると馬鹿にしている取り巻きの女子だけだった。
このままではいけない、涼に野球を続けさせなければ、と感じた若葉は、愛を込めて涼に叱咤激励する。その言葉に奮起した涼は見事に復活を遂げ、チームを勝利へと導いていく。
唯一、涼の復活を信じていた若葉は、試合後、涼に話しかけ労をねぎらおうとする。しかし若葉の愛は涼に届いておらず、ただただ調子を崩した自分を貶めるだけの言葉だった。
結局、涼は自分のことを本心では自分のことを馬鹿にしている女子と恋人となり、辛らつな言葉で誤解を生じさせてしまった若葉は独り物陰に隠れて泣き崩れる。

これが読後感最悪の短編、『信じていた』のあらすじです。

どうしてこんなに読後感が悪いのだろう?

この短編は若葉の主観で進行していきます。つまり、読者の主観も若葉と一緒になるのです。
若葉主観では片思いの涼の復活を信じており、多少キツイ言葉を使いますが涼の為に行動を起こしています。それなのに、物語の結末で涼は若葉のことを憎んでおり、デリカシーのない悪者だと罵られるのです。しかも、取り巻きの女子が涼と付き合っている現実を見せつけられてしまう。
これはかなりキツイ……。若葉主観で物語を体験している読者としてはものすごいやるせなさを感じます。若葉に感情移入している読者ほどこの物語の結末は、見えない刃となって心の脆い部分に突き刺さってくるでしょう。この僕の様に……。

逆に涼側から見た若葉の言動はどうなる?

作品を読んでいる読者は物語の主観役に感情移入しやすいものです。この『信じていた』に関しては、若葉がそれに相当します。
では、読者の反対である涼側から見た若葉の言動はどのように感じるのでしょう?

肩の調子が悪くなり大事な場面でチームを負けさせてしまった。果たして自分はまた今までの様にボールを投げられるようになるのだろうか。野球への思いが忘れられずグランドを見ていると、「野球の才能なんてなかったんだ! とっととやめちまえ!」と罵ってくる幼馴染がいた。
ふざけるな! 俺には野球しかないんだ! 黙って夏まで見てろ!
幼馴染でさえ俺を馬鹿にしてきた。情けなくて涙が出てきそうだ。しかしそれでも、俺の隣には復活を信じてくれる女の子が一人いてくれた。
次の夏、俺は見事に復活を遂げ、チームを勝利へと導いた。その瞬間だ。あの幼馴染が手のひらを返して褒めてきやがった。長年一緒にいて言っていいことと悪いことが分からねえのか。なめてんじゃねえ、二度と近づくんじゃねえぞ!

涼視点から見た若葉の言動はこんな感じでしょうか。そりゃムカつきますね。若葉に悪態をつくのも仕方ないような気がします。
けれど、読者は若葉が涼のことを思って行動したことを理解しているわけで、それなのに涼にはその気持ちが届いていないわけで、しかも涼は裏表のある悪女を彼女にしていて……。

やはりこの短編は心を深く抉ってきて、心をざわつかせてくれる名作です。

ちょっとしたオマケ

すでに記述していますが、『空が灰色だから』はオムニバス形式で、物語を楽しむのに関係ないレベルで各話にちょっとした繋がりがあったりなかったりします。『信じていた』では描かれていませんが、実は他の短編でその後のことが簡単に書かれているのです。
その短編は『長い黒髪の乙女の長い話』というお話。そのお話によると、明言されていませんが涼のチームは見事甲子園に出場した模様。しかし、残念にも一回戦負けしたようです。
どうしてか分かりませんが、この結果を知ったとき少しだけ胸にスカッとするものを感じました。それだけ『信じていた』の読後感が最悪だったということでしょう。

他にも印象深い短編の数々

『空が灰色だから』は全五巻で計59話の短編があり、他にも色々な意味で印象に残る作品がたくさんあります。そこで、個人的に心に残っている作品をいくつか紹介しておきます。

『お前は私を大嫌いなお前が大嫌いな私が大嫌い』

一巻の二話目に収録されている短編。女子高生の明がそれまで仲良かった森永さんと進学を機に溝を感じて周囲に愚痴をこぼすという始まり方。途中までは周囲の女子も明の発言を支持していたのですが、徐々に明の言動がヒートアップしていき……というお話。
『空が灰色だから』はオムニバス形式なのでどの巻どの話から読んでも問題ありませんが、キチンと一巻から読み始めた人はこの話でこの漫画は他の漫画とは一味違う、と実感させられるでしょう。

『夏が始まる』

一巻の九話目に収録されている短編。肥田くんは女子との会話で緊張していしまう思春期真っ只中の男子中学生。同じクラスの右澤さんは女子なのに身長が183センチもあり言動も男子そのもので女子っぽくありません。女の子相手だと緊張してしまう肥田くんもそんな右澤さん相手ならば普通に仲良く喋られるのですが……というお話。
この話は日常やっちまった系ですね。些末なことなのですが個人的にこういうのは凄く突き刺さります。ああ、あんなことあったなあ、と古傷がチクリとします。

『こわいものみたさ』

二巻の十七話目に収録されている短編。前園さんは怖いものが嫌いなのに怖いもの見たいという相性の悪い性質を併せ持つ女子中学生。一度怖いと認識すると、それが安全なものだと確認するまで落ち着くことが出来ません。そんな怖いものに敏感な前園さんがクラスメートから肝試しに誘われて……というお話。
これも『信じていた』と同じくらいネットで話題になったお話。途中までコメディタッチなのに少しずつ常軌を逸していく前園さん、そして、最後に控えている言葉の不気味さ。その衝撃の大きさは『空が灰色だから』の中でも屈指かもしれません。

『4年2組熱血きらら先生』

三巻の二十七話目に収録されている短編。教師生活一年目の竹尾きららはとてもやる気に満ち溢れた小学校の先生。生徒からの人気も上々で教師生活にやりがいを感じています。受け持ったクラスの中に進という内気な少年がいたので、彼がクラスに溶け込めるよう協力してあげる……というお話。
この短編を読んだ直後の正直な感想は「狂気」でした。なんと言えばいいのでしょか、正しい行いが必ずしも正義ではないのだなあと感じたお話でした。

『さいこうのプレゼント』

五巻の五十五話目に収録されている短編。咲村は元陸上部の男子高校生。怪我のせいで陸上をやめてしまったがその人柄のおかげか周囲に女性の友人が絶えず、それなりに楽しい日々を送っている。ある日、自分のことを盲目的に愛している後輩、影村黒絵から不気味なプレゼントをもらい始め、再び陸上を始める決意をする……というお話。
この話、一見するとヤンデレキャラの影村黒絵が最初から最後まで暴走するギャグよりのラブコメディなのですが、ある事実に気がつくと世界観が一変します。
影村黒絵が作中で用意したプレゼントは虫の涌いているお守り、赤いインクで書かれたラブレター、髪の毛の入ったカルシウムたっぷりのクッキー、特別な材料で作られたチェアー。そして、咲村の周囲からは徐々に女性の数が少なくなっていくのです。
影村さん、そのプレゼントの数々、一体なにが材料なんですかねぇ……。

『歩み』

五巻の五十九話目に収録されている短編。というか、『空が灰色だから』はこれが最終話になります。
とある学校の女生徒である唐井さんは、妙な機会で同じクラスの地味な存在である水戸さんと話すようになる。初めは乗り気でなかった唐井さんですが、水戸さんと過ごす時間が思いのほか心地よく共通の趣味で盛り上がれる仲に。気がつけば二人の友情は一週間続いており……というお話。
この話、本当に容赦なく心を抉ってきます。特にラスト四ページは『空が灰色だから』の本領発揮と言えるでしょう。こんなやるせないオチを用意している漫画を他に知りません。変な感想ですが、将来、唐井さんも水戸さんも幸せになってほしいと思います。まさに、心がざわつく思春期コミックの集大成ともいえる四ページでした。

まとめ

  • 『空が灰色だから』は予測不能で分類不可能。唯一無二のオムニバス形式ショートショート漫画
  • 『信じていた』はネットで特に有名な胸くそ必死の短編。最悪の読後感を保証します
  • 他にも魅力的な短編が盛りだくさん。必ず心がざわつかされます

この漫画を初めて読んだのは数年前ですが、久しぶりに読んでみてまだまだ当時の衝撃を消化しきれていないなと実感しました。むしろ、当時感じなかったざわつきを新たに感じたので人生経験を積むたびに感じることが増えていきそうです。
内容が内容だけに頻繁に読み返せる漫画ではないと思いますけどね。

今回のブログは以上です。
最後に、作品を購入するのに便利なURLを貼っておきますので興味のある方は活用してみて下さい。
当ブログを読んでいただいて、ありがとうございました。